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鹿児島地方裁判所 昭和62年(ワ)877号 判決 1988年12月19日

原告

寺 澤 ヒデ子

右訴訟代理人弁護士

中 原 海 雄

被告

垂水市

右代表者市長

八 木 榮 一

右訴訟代理人弁護士

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寺 田 昭 博

右訴訟復代理人弁護士

谷 合 克 行

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告と被告との問で、原告が垂水市老人家庭奉仕員たる地位を有することを確認する。

2  被告は原告に対し、金二二二万三七二〇円を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。との判決及び仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨の判決

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、昭和五五年九月一日、被告市から家庭奉仕員として採用され、昭和六二年三月三一日まで同市の福祉事務所に勤務していたものである。

垂水市家庭奉仕員派遣要綱(昭和五九年九月七日告示第二七号)(以下「派遣要綱」という。)によれば、「家庭奉仕員の任期は、一年とする。ただし再仕されることができる。」(七条四項)となっていたことから、被告は、原告に対し、昭和五五年九月一日に昭和五六年三月三一日までとして、その後は毎年四月一日に翌年の三月三一日までの期間一年として、いずれも家庭奉仕員の辞令を交付していた。

ところが、被告は原告に対し、昭和六二年四月一日、家庭奉仕員の再任をしない旨通告した(以下「本件再任拒否」という。)。

2  被告が本件再任拒否をしたのは次のような事情からである。すなわち、垂水市では、昭和六二年一月一八日市を二分する激しい市長選挙が行われ、新人八木榮一(以下「八木市長」という。)が現職枝本豊助(以下「枝本前市長」という。)を二二〇〇票の差で破って初当選した。原告は、枝本前市長とは同じ部落に居住しており、一三年来の近所付合いをしてきたものであったところ、八木市長らは、原告が対立候補であった枝本前市長の選挙運動を行ったものと邪推して本件再任拒否という報復人事に出たものである。

3  右のような事情による本件再任拒否は、以下に述べるとおり無効である。

(一) 派遣要綱は家庭奉仕員の任期を一年と定めているが、これは家庭奉任員を継続雇用することによって負担する解雇制限等の法律上の諸制約を潜脱せんがための単なる形式にすぎず、家庭奉仕員の任用の実質は、次の事実から明らかなように期間の定めのないものであった。

(1) 被告を事業主、原告を被保険者とする雇用保険及び厚生年金は、いずれも昭和五五年九月一日から昭和六二年三月三一日までの継続雇用を前提とした扱いになっている。

(2) 被告の家庭奉仕員制度発足(昭和四一年四月一日)以来、家庭奉仕員は一旦採用されると例外なく毎年再任を重ねて継続雇用されてきた。再任を拒否されたのは本件が初めてである。ちなみに、昭和六二年三月当時の家庭奉仕員(定員八名)中、最も雇用期間の長い者は勤続一六年であり、また勤続一四年になる者もいる。原告は、勤続六年七か月であった。

したがって、本件再任拒否は、その実質が解雇であるところ、前記2のとおり被告が市長選の報復人事としてこれを行ったものであるから、解雇権の濫用であって、無効である。

(二) 仮に、家庭奉仕員の任用が期限付任用であるとしても、期限到来により当然その地位を失うと解するのは相当でなく、期限到来後も被用者において使用者が当然再任するものと期待し、且つ、そのように期待することに合理性が認められる場合には、これを法的に保護し、再任しないことに相応の理由を必要とするものと解するのが相当である。

原告は、前記(一)(2)の実情から、当然再任されることを期待し、且つ、そのように期待することに合理的理由があったものであり、被告の雇止めには前記2のとおり相応の理由がなかったから、本件再任拒否は無効である。

(三) 仮に、家庭奉仕員が特別職たる非常勤嘱託員(地方公務員法三条三項三号)であるとしても、再任するか否かは、任命権者が全く恣意的になしうるところではなく、再任拒否が恣意的になされれば権限濫用となる場合もありうるというべきである。

市長選挙の報復人事としてなされた本件再任拒否は任命権者(市長)の権限濫用との評価を免れない。

4  被告市は、原告が被告市の家庭奉仕員の地位にあることを争っている。

5  原告は、被告市から、昭和六二年三月当時、家庭奉仕員の報酬として月額一二万三五四〇円の支払を受けていた。

よって、原告は被告市に対し、原告が垂水市家庭奉仕員の地位を有することの確認及び昭和六二年四月から昭和六三年九月までの未払報酬二二二万三七二〇円の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否及び主張(認否)

1  請求の原因1の事実は認める。

2  同2の事実中、垂水市では昭和六二年一月一八日市長選挙が行われ、八木市長が当選したことは認め、その余は否認する。

3  同3のうち、原告についての雇用保険及び厚生年金が昭和五五年九月一日から昭和六二年三月三一日まで継続していることは認め、その余の事実は否認し、法的主張は争う。

4  同4及び5の事実はいずれも認める。

(被告の主張)

1  家庭奉仕員は、次に述べるところから明らかなように、地方公務員法における特別職たる非常勤嘱託員(同法三条三項三号)に該当するものであり、任期を一年として任用されているものであるから、任期の終了により当然その地位を失うものである。

すなわち、家庭奉仕員制度は、老人福祉法一二条の趣旨に基づいて、地方公共団体が老人福祉事業の一環として、在宅老人の日常生活上の世話を行う者を派遣するものである。被告においても、昭和四三年ころから垂水市家庭奉仕員派遣事業に参画し、昭和五九年九月七日派遣要綱を定め、右派遣要綱に従って同事業の運営がなされている。そして、派遣要綱によれば、家庭奉仕員の任期は一年で、再任されることができると定められており、その任用については、福祉事務所長の上申を経て市長が決定することとされているのであって、地方公務員法に定められているような一般職地方公務員についてのような厳格な任用要件、手続は必要とされてはいない。また、勤務の実態や待遇についても一般職の地方公務員とは異なるものがある。

2  雇用保険及び厚生年金は、委嘱期間を満了して再任する場合には資格喪失の手続を行わず継続するのがこれらの事務手続上一般的である。したがって、委嘱期間終了ごとに資格喪失及び新規資格取得の各手続をとっていないことをもって継続雇用を前提とした扱いになっているとみることはできない。

3  原告の再任を行わなかった経緯及び理由は次のとおりである。

原告を家庭奉仕員として任用している期間中に、他の家庭奉仕員から、所管の福祉事務所長に対し、原告と同僚との間に種々のトラブルが生じており、その原因は原告の性格にあるという報告があり、福祉事務所長としても家庭奉仕員間の融和を図ることに腐心していた。また、昭和六二年三月末ころ、市長宛に、垂水市民の一部から、「原告は家庭奉仕員としてふさわしくない。原告の再任については慎重に対処するように」との電話や口頭による苦情が寄せられた。そこで、同年四月一日、市長、助役、総務課長及び福祉事務所長において、原告の再任についての取扱いを協議した結果、他の家庭奉仕員との不和及び苦情の内容を調査のうえ結論を出すことになり、総務課長がその調査を担当することになった。

調査結果は次のとおりであった。原告はある同僚と肝属地区家庭奉仕員協議会の運営について口論となり、その後も不仲の状態が続いており、他の二名の同僚とも一年余りにわたり会話もなく不仲であり、家庭奉仕員の月例会において、市の行政が話題となり自らの意に沿わなくなると「枝本市長に言ってやる」などの言辞を用いて他の家庭奉仕員に脅威を抱かせていた。また、原告が管理を委託されていた建物を、委託者の意に反して選挙用事務所として提供し、委託者との間にトラブルを生じていた。更に、右調査期間中にも、原告は同僚の一人に対し数回にわたって「貴女がいろいろなことを言って私を辞めさせた」などと脅迫的言辞による電話をなし、また、同僚の一人に対し他の同僚の悪口を言うなどして家庭奉仕員間の不和を助長する内容の電話をしていた。

このような調査結果も併せて判断した結果、家庭奉仕員は老人福祉についての充分な理解とともに老人に接するための優しさと協調性が不可決の要素であるところ、原告は些細な感情の起伏によりトラブルを惹起するものであって家庭奉仕員の職に適しないこと、原告を再任することにより家庭奉仕員間の不和は継続し、家庭奉仕員のサービス等に悪影響を生じる可能性が存するところから、原告を再任しないことと決定した。

第三  証拠<省略>

理由

一請求の原因1、4及び5の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二家庭奉仕員の身分

1  前記争いのない事実に<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  被告市は、昭和四三年ころから、身体上又は精神上の障害があって日常生活を営むのに支障があり、且つ家族による介護が得られない老人を対象に、家庭奉仕員を派遣して日常生活の世話を行う家庭奉仕員派遣事業を行ってきた。右事業は、老人福祉法一二条に定める老人家庭奉仕員の趣旨に基づいて始められたものである。

(二)  家庭奉仕員の職務内容は、対象者の家庭を訪れて、住居等の掃除及び整理整頓、衣類の洗濯及び補修、食事の世話、身の回りの世話、生活必需品の買物、生活及び身上に関する相談及び助言指導等のサービスを提供することである。

家庭奉仕員は、福祉事務所長の監督の下に置かれ、月曜から金曜まで週五日、毎日午前九時までに福祉事務所に出勤し、その日の訪問予定家庭を福祉事務所長に届出て了承を得た後、二人一組で毎日数軒の家庭を訪れて老人の世話を行い、午後四時前に福祉事務所に戻ってその日の業務日誌を作成提出したうえ、午後四時に退庁する。

家庭奉仕員の人数は、昭和五五年八月までは七名であったが、同年九月から一名増員して八名となって現在に至っている。

家庭奉仕員の採用に関しては、具体的な要件や試験(筆記、面接)はなく、また公募もされず、市長、市職員、民生委員等が身体の健康な人を推薦して、市長が採否を決定した。任用は、任期を一年とし、月額報酬を定めて市長が家庭奉仕員を委嘱するという形式で行われた。家庭奉仕員には退職金の制度はなかった。

家庭奉仕員は、任期が一年であったが再任が許されており、本人が再任を希望している限り再任されてきたのが実際であり、本件を除いてこれまで本人の希望に反して再任を拒否された事例はなかった。その結果、昭和六二年三月三一日現在、家庭奉仕員八名のうち継続勤務年数の最も長い者は一六年、次いで長い者は一四年、最も短い者は原告で五年七か月であり、また、最年長の者は、六一歳、最年少の者は四六歳位であった。

(三)  被告市は、家庭奉仕員を被保険者とする雇用保険及び厚生年金保険に加入しており、任期満了して再任する場合には資格喪失及び新規資格取得の各手続を行うことなく継続の取扱いをしているが、これは任期満了後再任する場合の一般的な事務取扱方法である。

(四)  家庭奉仕員は、毎年、全員で相談して研修計画を立て、月に一回、職務の心構え、具体的留意点、老人の一般的な性格、傾向、介護の基本、老人食等職務に関連するテーマについて、講師を呼ぶなどして勉強会を開いてきた。

(五)  昭和五一年に「在宅老人福祉対策事業の実施及び推進について」と題する厚生省社会局長通知が発せられ、家庭奉仕員派遣事業運営要綱が示されたことなどから、昭和五九年、被告市においても家庭奉仕員派遣要綱を作ることとし、市長は、前述のようなそれまでの実際の運営内容をほぼそのまま明文化した派遣要綱を定めた。なお、その際、派遣要綱には、派遣対象に在宅老人のほか身体障害者及び心身障害児をもとり込んだ。

2 ところで、地方公共団体に労務を提供し、その反対給付として給与を受ける関係にある者は、すべて地方公務員であると解されるところ、右認定の事実によれば、家庭奉仕員は、被告市が実施している家庭奉仕員派遣事業に労務を提供し、その反対給付として毎年定額の報酬を受けているものであるから、地方公務員であると認められる。

そして、前記1(二)に認定の家庭奉仕員の任用要件、手続、職務内容、勤務実態等によれば、家庭奉仕員に任用されるための具体的な要件は存せず、職務内容は専門的な知職、経験等を要するというものではなく、勤務実態は単に臨時又は非常勤とは言い切れず、恒常的、常勤的な面もあること等に鑑みれば、家庭奉仕員の職は、臨時又は非常勤の嘱託員又はこれに準ずるもの(地公法三条三項三号)というよりも、むしろ、一般職の期限付任用の職員であるとみるのが相当である。

なお、原告は家庭奉仕員の任用は期限の定めのないものであると主張するが、雇用保険及び厚生年金保険が継続の取扱いになっていることは、前記1(三)に認定のとおり、期限付任用と何ら矛盾するものではないうえ、家庭奉仕員の任用及び再任に期限が付されていたことは前記1(二)に認定のとおりであって、原告の右主張は失当である。

3  期限付任用の可否

地方公務員法上、いわゆる臨時的任用(同法二二条二項及び五項)以外の場合に、期限付任用を認める明文の規定は存しないが、期限付任用の必要性があり、かつ、それが地方公務員の身分を保護することによって公務の能率的連営を図ろうとした地方公務員法の趣旨に反しない場合は、期限付任用も許されるものと解するのが相当である(最高裁判所昭和三八年四月二日第三小法廷判決・民集一七巻三号四三五頁参照)。

そこで、以下、家庭奉仕員の職が期限付任用の許されるものにあたるかどうか検討する。

家庭奉仕員派遣事業は、一方で、他の関連福祉施設、福祉制度の内容の変遷、対象となる老人家庭の増減、サービス内容の変遷等により、その仕事量も増減することが予想されるほか、他方で予算の裏付けを要するのであって、仕事量、予算の増減に対応して適切な老人福祉行政を行うためには、家庭奉仕員を期限付任用で採用する必要があると考えられ、また、家庭奉仕員の職務内容は、前記1(二)に認定のとおり、老人家庭において日常生活の世話を行うことであって、特に専門的知識、経験を要したり、また習熟を要するといったものではないから、その任用に期限を付したからといって、家庭奉仕員派遣事業の能率的な運営が阻害されるとは認め難い。

そうすると、家庭奉仕員を期限付で任用することは、その必要性があり、かつ、それが家庭奉仕員派遣事業の能率的な運営を阻害するものとは認められないから、地方公務員法の許容するところであるというべきである。

三期限付任用の反覆継続

原告は、家庭奉仕員は毎年再任を重ねていること等から、実質は期限の定めのない任用にほかならないと主張する。

しかしながら、期限付任用と期限の定めのない任用とは、任用の要件、手続も異なり、前記二に認定のとおり、現に、家庭奉仕員の期限付任用の要件、手続は、競争試験又は選考(地公法一七条参照)を要する期限の定めのない一般職の職員に比して極めて簡易なものとなっており、両者は性質を異にする別個の任用行為というべきであり、また、公務員の任用行為は、いわゆる行政処分としての性質を有するものであって、その任用行為の内容は法律、条例に規定されていて、当事者が自由に定めうるものではなく、私法上の期限付雇用契約が反覆継続されている場合と異なり、当事者の合理的意思解釈を行うことによって、その内容を決する余地はないから、期限付任用を反覆継続しても期限の定めのない任用に転化することはないというべきである。

四本件再任拒否の事情

1  <証拠>を総合すると、以下の事実を認めることができ、原告本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は前掲証拠に照らしにわかに措信し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  被告市では、昭和六二年一月一八日、市を二分する激しい市長選挙(投票率九一.七一パーセント)が行われ、新人八木榮一が四選を目ざす現職枝本豊助を破って初当選した。

垂水市役所では、選挙で市長が交替すると前市長を支持していた職員や嘱託員が辞めていくことがあり、昭和六二年一月の市長選の際も、例えば、福祉事務所の老人相談係の者(週三日勤務)で枝本前市長を支持した二人が辞めていった。

(二)  原告は、枝本前市長の自宅の近所に居住していたことから、前市長宅と一三年来の近所付合いをしてきたものであり、前市長宅に多数の来客があったときなどには加勢に行ったりする仲であった。また、原告が昭和五五年九月に家庭奉仕員に任用されたのも、枝本前市長の推薦によったものであったことなどから、原告の周囲の者は、原告が枝本前市長の支持者であることを疑うものはいなかった。

(三)  市長選挙後の昭和六二年三月ころ、敗れた枝本前市長の支持者であった原告は家庭奉仕員を辞めさせられることになるという話が、原告の耳にも達していた。

(四)  福祉事務所長は、毎年三月二〇日ころ家庭奉仕員の再任の上申を行うが、よくよくのことがない限り全員再任の上申をなしてきており、昭和六二年においても、西ノ原勇作福祉事務所長は原告を含めて全員につき再任の上申をした。

(五)  昭和六二年四月一日、家庭奉仕員八名のうち原告を除く七名は再任されて辞令の交付がなされたが、原告は再任されなかった。

八木市長は、同日午前八時三〇分過ぎころ、前総務課長を通じて西ノ原福祉事務所長に対し、原告の再任は保留する旨通知した。同福祉事務所長が、原告にその旨伝えると、原告から再任保留となった理由を明らかにするよう求められたので、午前九時ころ市長室へ赴いて市長に理由を尋ね(福祉事務所長は、原告の再任保留につき事前に何も聞かされておらず、突然のことであった。)、戻ってきてから、原告に対し、「原告夫婦が枝本前市長の選挙運動を一生懸命行ったから、それが理由になったのではなかろうか」というようなやや暖味な内容の説明をした。

八木市長は、同日午前一〇時過ぎころ、助役、同日付で総務課長となった田中健蔵、前総務課長及び西ノ原福祉事務所長を市長室に呼び集め、原告の再任を保留した問題について協議し、その結果、田中総務課長が原告に関する事実調査及び家庭奉仕員に関する法規の調査を行うことになった。

(六)  原告は、同月一三日午後八時三〇分ころ、夫、知人野間律子と共に八木市長の自宅を訪れ、八木市長に対し、原告夫婦が枝本前市長の選挙運動をしたと思われているようだが、原告は選挙運動を行っていないことを伝えるとともに、原告は再任が保留された理由を尋ねたところ、八木市長は、選挙の恨みは孫の代まで続くという話をしたのち、同市長の支持者の中に原告を辞めさせないと市長を辞めてくれといってきかない人がいる旨説明し、茶の用意をしていた同市長の妻は、「ヘルパー(家庭奉仕員)さんたちが、あなたを辞めさせるように言っているのですよ。あなたを辞めさせないと支持者が市長をリコールすると言っているのですよ。」と口を添えた。

(七)  田中総務課長が、調査したところ、勝気な性格の原告は、昭和五六、七年ころ他の特定の家庭奉仕員との間で家庭奉仕員の係の分担や研修会(月例会)の講師の選定を巡って意見の対立が生じ、その後も対立感情が残ったりしたことがあったこと、原告の本件再任拒否は、原告の同僚である家庭奉仕員が八木市長の支持者坂元俊雄を通じて同市長に対し原告を再任しないよう要望したことにより起きたものであることなどが明らかとなった。

(八)  八木市長は、同年四月一四日ころ、原告を再任しない旨田中総務課長に伝え、同月一五日、西ノ原元福祉事務所長を通じて原告にその旨通知した。そして、同年五月原告の代わりに、新たに家庭奉仕員一名を採用した。

2  ところで、市長が、本件のように事実上再任が反覆されている職の再任を判断するに際しては、当該職員の監督者であり、かつ、再任上申を担当している者の意見を徴するなど適切公正な事実調査を経たうえ、右調査結果に基づいてするのが相当であると考えられ、右のような手続を経ることなく、職員が市長の非支持者であることを専ら理由としてその再任を拒否するのは、市長に委ねられた任命権限の裁量の範囲を逸脱して濫用にわたるものであるというべきである。

これについて、本件をみるに、右認定事実によると、原告は、枝本前市長の推薦により家庭奉仕員に採用され、同市長の任期中毎年再任されてきたものであったところ、枝本前市長が選挙に敗れ、八木市長が誕生するや、原告を快く思っていなかった同僚から八木市長に対し、同市長の支持者を通じて前市長支持者の原告を再任しないよう強く申入れがあり、同市長は、右支持者の要求のままに原告を再任しなかったものであることが窺われるのであって、市長が与えられた任用権限の裁量を適正に行使するための前提というべき原告についての事実調査を適切公正に行ったものかどうか疑問を差し挟む余地なしとしない。

五地位確認、報酬支払請求について

本件再任拒否については右のような問題があるものの、原告は、昭和六二年三月三一日までの一年間の期限付で任用されていたものであるから、同日の経過により家庭奉仕員としての地位を失ったものであり、その後再任がなされていない以上、たとえ再任しなかったことが裁量権の濫用であって違法となるとしても、不法行為に基づく損害賠償請求なら格別、本件のような家庭奉仕員たる地位の確認請求及びその地位に基づく報酬支払請求は、いずれも理由がないことに帰する。

六よって、原告の本件請求はいずれも失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴訟八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官下村浩藏 裁判官岸和田羊一 裁判官坂梨 喬)

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